​​2016~2020年:ダイアログは続く​​​​2016~2018年 ダイアログの報告

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2016~2018年

ダイアログの報告

​​2016年から2018年まで開かれた8回のダイアログセミナーの報告​​​

ダイアログの報告

2016~2018年

ダイアログの報告

​​2016年から2018年まで開かれた8回のダイアログセミナーの報告​​​

​​​​​​第1回 – 2016年3月 都路 「今日の都路の状況」

​福島第一原子力発電所から西約20~30kmに位置する都路は、事故発生直後に避難指示が出された。2013年、当局により避難指示が解除されたが、状況はきわめて困難で、帰還した住民はごくわずかだった。2016年に住民から寄せられた問題は、特に若い家族が直面する困難についてだった。また、避難指示解除の決定に至った過程、特に線量計「Dシャトル」を使った個人被爆線量のデータが果たした役割について話し合いが行われた。

第2回 – 2016年7月 飯舘 「飯舘村の今の経験をわかちあう」​​

2013年7月のダイアログセミナーから3年​ 、引き続き避難指示区域にあったこの村の、事故から5年後の現状と将来について話し合い、共有することが目的だった。

このダイアログでは、特に土壌の除染、地元の天然資源の活用(建設用木材)、廃棄物の埋立処分による水質への影響のモニタリングについての地元でのさまざまな試みに焦点が当てられた。また、2011年5月の避難指示以降も存続が許可された特別養護老人ホームの事例や、農業を続けて生計を立てていくことが不可能な土地を今後5年から10年の間耕作し続けることの難しさなどを通じて、経済活動の継続や再開に向けたさまざまな制約が取り上げられた。

ダイアログセミナーの詳細: ブログEthos In Fukushima​

​​​第3回 – 2016年10月 川内 「双葉地方におけるダイアログセミナー」

​​​​この第3回ダイアログでは、段階的な区域指定解除に伴ってさまざまな状況が発生した点が取り上げられた。ダイアログセミナー開催の時点では、住民は帰還という新しい状況に置かれていた。すでに帰還をするか否かの決断をした住民がいる一方で、未だ何が自分たち、そして親族にとって最良の選択肢なのか確信が持てないでいる住民もいた。

​​帰還条件として、多くの課題が提示された。

- 特に医療サービスの不足、仮設住宅での生活、住宅の修復や再建における困難といった日常生活でのさまざまな制約

- 経済的見通しの暗さ、農業復興の難しさ

- 山や森林の除染:除染プロセスの効果に対する疑念や、森林に存在する放射性核種の降雨による移行リスクに対する懸念

- 除染の状況、特に長期的な廃棄物管理の問題。​

ダイアログセミナーの詳細: ブログEthos In Fukushima

​第4回 – 2017年3月 双葉大熊 「中間貯蔵施設地近辺と周辺地域の住民の現状」

福島第一原子力発電所から近い双葉と大熊は、大部分が「帰還困難区域」となっており、このダイアログセミナーも立入制限の下で行われた。事故から6年が経っても、住民は一般の人々には知られていない非常に困難な状況に置かれていた。

ディスカッションでは、特に地震、津波、原発事故という三重の被害とこれに続く避難による心理的影響に焦点が当てられた。このダイアログは、参加者たちの故郷に対する強い思いやさまざまな懸念を言葉にし、将来への期待について深遠なディスカッションを行う機会を提供した。

ダイアログセミナーの詳細:ブログEthos In Fukushima​

第5回 – 2017年7月 伊達 「私たちの未来のために、私たちに必要なこと」

​このダイアログが開催される数か月前に、「帰還困難区域」を除く全域で避難指示が解除されていた。福島県民は生活の自由を取り戻したとはいえ、長期間にわたる避難生活による社会的・心理的影響はまだ色濃く残っていた。避難指示解除の見通しが霧に包まれた「帰還困難区域」では、状況はいっそう困難だった。

地元参加者の話から、特に復興の道筋がなかなか見えないことや、異なる生活場所に応じて状況に大きな違いがあることが明らかになった。こうした状況の中で、未来に向けた共通のビジョンを共有することは容易なことではなかった。今回は、チェルノブイリ原発周辺30km圏内の立入禁止区域に位置するベラルーシの村出身の女性を迎えることができ、事故から10日後に家族が村から避難したことや、30km圏内の家畜の避難などの体験談が語られた。彼女は、禁止区域に隣接する集団農村で線量測定士になり、私有地で生産された農産物の汚染度を評価するために、COREのプロジェクトに参加した。また、地元の人々と協力して、内部汚染のリスクから子供たちをよりよく保護する取り組みも行った。現在は、次の世代に自分の体験を伝えていくことを使命としているという。

ダイアログセミナーの詳細: ブログEthos In Fukushima

第6回 – 2017年11月 山木屋 「山木屋の住民の方たちと現状を共有するダイアログ」

​​2017年11月に、山木屋の住民の方たちと、第6回ダイアログが開催された。避難指示は2017年3月31日に解除されたが、多くの課題が残されていた。

- 最近の道路補修によりアクセスが改善され、新しい診療所と消防署が設置されたとはいえ、まだ生活に必要なインフラが欠如していること

- 農業者の数が少ない、土壌汚染、人手不足、農産物の汚染に関する根拠のない噂といった理由から、農作業がなかなか復興しない

- 地区全体に、除染廃棄物の仮置場が多数あること

- 人口が高齢化していること、既居住者と新規転入者の交流が少ないこと

ダイアログセミナーの詳細: ブログEthos In Fukushima

​​第7回 – 2018年2月 南相馬 「小高のいま、未来を共有するための対話集会」

​この第7回南相馬ダイアログは、2014年5月に行われた前回のダイアログセミナー のフォローアップダイアログセミナーとして開催された。今回は、2016年7月に小高区と南相馬区の一部に出ていた避難指示が解除されて以降、地域で問題となっていることや、将来について話し合われた。

一連の証言を通して、被災地の除染と、津波により発生した災害廃棄物の収集のための努力が紹介され、インフラの復旧がなかなか進まないことや、学校の再編成(2017年4月再開)が行われたこと、ロボット産業の発展を目指した活動などが挙げられた。

スペースが限られた仮設住宅での暮らし、家族生活の混乱、避難している間に疎外感を感じたこと、長期の避難指示によって社会構造が大きく変化し、小高超に戻ってからの暮らしも変わったことなど、住民の声が共有された。また、地域社会の再建、特に若者人口の不足や高齢者医療のための支援の必要性などについて懸念を表明した。

慣れ親しんだ環境がすっかり変わってしまったことについても不安の声があがり、催しや行事などを通じて、事故の記憶を共有し、地域の伝統を受け継いでいくことの大切さを強調した。復興に向けた取り組みの中で、次の世代が持続可能な未来で暮らしていくために今自分たちがすべきことを第一に考えたと述べた。

ダイアログセミナーの詳細: ブログEthos In Fukushima​ 

1日目の報告

2日目の報告

第8回 – 2018年12月 いわき市 「福島第一原発事故のあとで:記憶を残し、経験を共有し、あたらしい未来へ向かうために」

​​2018年12月にいわき市で開催された第8回ダイアログセミナーのテーマは、 事故から数年が経過し、次第に薄れていく事故の記憶と、直接的な影響を受けた人々が取り残されていく不安が背景となった。

原発事故の影響を受けた国内、およびベラルーシの方の活動を共有しながら、さまざまな証言や観点が紹介された。参加者は、人々が感じたこと、事実(人的データや科学的データ、地元、地域、国レベルでの事象データを含む)、さまざまな観点を共有し、それぞれの被災状況に応じたさまざまな現状や体験と教訓を伝えることの意義を強調した。

現代の世代と次の世代とで事故の経験の共有と伝承を行い、新しい未来に向かって今後取り組むべき課題が特定された。

1- 時間の経過とともに状況が変化すること 

2- デマや根拠のない噂に対処するため、また家族を含め人と人をつなぐためには相互理解が必要であること 

3- 若い世代が自信をもって事故について語ることができるための教育の重要性 

4- 個人レベルとコミュニティレベルで記憶を残していくこと 

5- ベラルーシのブラギン市に倣った博物館の創設

6- 記憶を絶やさず、さまざまなコミュニティと次世代に伝えていくための伝承者の重要性 ​

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​​​​​​第1回 – 2016年3月 都路 「今日の都路の状況」

​福島第一原子力発電所から西約20~30kmに位置する都路は、事故発生直後に避難指示が出された。2013年、当局により避難指示が解除されたが、状況はきわめて困難で、帰還した住民はごくわずかだった。2016年に住民から寄せられた問題は、特に若い家族が直面する困難についてだった。また、避難指示解除の決定に至った過程、特に線量計「Dシャトル」を使った個人被爆線量のデータが果たした役割について話し合いが行われた。

第2回 – 2016年7月 飯舘 「飯舘村の今の経験をわかちあう」​​

2013年7月のダイアログセミナーから3年​ 、引き続き避難指示区域にあったこの村の、事故から5年後の現状と将来について話し合い、共有することが目的だった。

このダイアログでは、特に土壌の除染、地元の天然資源の活用(建設用木材)、廃棄物の埋立処分による水質への影響のモニタリングについての地元でのさまざまな試みに焦点が当てられた。また、2011年5月の避難指示以降も存続が許可された特別養護老人ホームの事例や、農業を続けて生計を立てていくことが不可能な土地を今後5年から10年の間耕作し続けることの難しさなどを通じて、経済活動の継続や再開に向けたさまざまな制約が取り上げられた。

ダイアログセミナーの詳細: ブログEthos In Fukushima​

​​​第3回 – 2016年10月 川内 「双葉地方におけるダイアログセミナー」

​​​​この第3回ダイアログでは、段階的な区域指定解除に伴ってさまざまな状況が発生した点が取り上げられた。ダイアログセミナー開催の時点では、住民は帰還という新しい状況に置かれていた。すでに帰還をするか否かの決断をした住民がいる一方で、未だ何が自分たち、そして親族にとって最良の選択肢なのか確信が持てないでいる住民もいた。

​​帰還条件として、多くの課題が提示された。

- 特に医療サービスの不足、仮設住宅での生活、住宅の修復や再建における困難といった日常生活でのさまざまな制約

- 経済的見通しの暗さ、農業復興の難しさ

- 山や森林の除染:除染プロセスの効果に対する疑念や、森林に存在する放射性核種の降雨による移行リスクに対する懸念

- 除染の状況、特に長期的な廃棄物管理の問題。​

ダイアログセミナーの詳細: ブログEthos In Fukushima

​第4回 – 2017年3月 双葉大熊 「中間貯蔵施設地近辺と周辺地域の住民の現状」

福島第一原子力発電所から近い双葉と大熊は、大部分が「帰還困難区域」となっており、このダイアログセミナーも立入制限の下で行われた。事故から6年が経っても、住民は一般の人々には知られていない非常に困難な状況に置かれていた。

ディスカッションでは、特に地震、津波、原発事故という三重の被害とこれに続く避難による心理的影響に焦点が当てられた。このダイアログは、参加者たちの故郷に対する強い思いやさまざまな懸念を言葉にし、将来への期待について深遠なディスカッションを行う機会を提供した。

ダイアログセミナーの詳細:ブログEthos In Fukushima​

第5回 – 2017年7月 伊達 「私たちの未来のために、私たちに必要なこと」

​このダイアログが開催される数か月前に、「帰還困難区域」を除く全域で避難指示が解除されていた。福島県民は生活の自由を取り戻したとはいえ、長期間にわたる避難生活による社会的・心理的影響はまだ色濃く残っていた。避難指示解除の見通しが霧に包まれた「帰還困難区域」では、状況はいっそう困難だった。

地元参加者の話から、特に復興の道筋がなかなか見えないことや、異なる生活場所に応じて状況に大きな違いがあることが明らかになった。こうした状況の中で、未来に向けた共通のビジョンを共有することは容易なことではなかった。今回は、チェルノブイリ原発周辺30km圏内の立入禁止区域に位置するベラルーシの村出身の女性を迎えることができ、事故から10日後に家族が村から避難したことや、30km圏内の家畜の避難などの体験談が語られた。彼女は、禁止区域に隣接する集団農村で線量測定士になり、私有地で生産された農産物の汚染度を評価するために、COREのプロジェクトに参加した。また、地元の人々と協力して、内部汚染のリスクから子供たちをよりよく保護する取り組みも行った。現在は、次の世代に自分の体験を伝えていくことを使命としているという。

ダイアログセミナーの詳細: ブログEthos In Fukushima

第6回 – 2017年11月 山木屋 「山木屋の住民の方たちと現状を共有するダイアログ」

​​2017年11月に、山木屋の住民の方たちと、第6回ダイアログが開催された。避難指示は2017年3月31日に解除されたが、多くの課題が残されていた。

- 最近の道路補修によりアクセスが改善され、新しい診療所と消防署が設置されたとはいえ、まだ生活に必要なインフラが欠如していること

- 農業者の数が少ない、土壌汚染、人手不足、農産物の汚染に関する根拠のない噂といった理由から、農作業がなかなか復興しない

- 地区全体に、除染廃棄物の仮置場が多数あること

- 人口が高齢化していること、既居住者と新規転入者の交流が少ないこと

ダイアログセミナーの詳細: ブログEthos In Fukushima

​​第7回 – 2018年2月 南相馬 「小高のいま、未来を共有するための対話集会」

​この第7回南相馬ダイアログは、2014年5月に行われた前回のダイアログセミナー のフォローアップダイアログセミナーとして開催された。今回は、2016年7月に小高区と南相馬区の一部に出ていた避難指示が解除されて以降、地域で問題となっていることや、将来について話し合われた。

一連の証言を通して、被災地の除染と、津波により発生した災害廃棄物の収集のための努力が紹介され、インフラの復旧がなかなか進まないことや、学校の再編成(2017年4月再開)が行われたこと、ロボット産業の発展を目指した活動などが挙げられた。

スペースが限られた仮設住宅での暮らし、家族生活の混乱、避難している間に疎外感を感じたこと、長期の避難指示によって社会構造が大きく変化し、小高超に戻ってからの暮らしも変わったことなど、住民の声が共有された。また、地域社会の再建、特に若者人口の不足や高齢者医療のための支援の必要性などについて懸念を表明した。

慣れ親しんだ環境がすっかり変わってしまったことについても不安の声があがり、催しや行事などを通じて、事故の記憶を共有し、地域の伝統を受け継いでいくことの大切さを強調した。復興に向けた取り組みの中で、次の世代が持続可能な未来で暮らしていくために今自分たちがすべきことを第一に考えたと述べた。

ダイアログセミナーの詳細: ブログEthos In Fukushima​ 

1日目の報告

2日目の報告

第8回 – 2018年12月 いわき市 「福島第一原発事故のあとで:記憶を残し、経験を共有し、あたらしい未来へ向かうために」

​​2018年12月にいわき市で開催された第8回ダイアログセミナーのテーマは、 事故から数年が経過し、次第に薄れていく事故の記憶と、直接的な影響を受けた人々が取り残されていく不安が背景となった。

原発事故の影響を受けた国内、およびベラルーシの方の活動を共有しながら、さまざまな証言や観点が紹介された。参加者は、人々が感じたこと、事実(人的データや科学的データ、地元、地域、国レベルでの事象データを含む)、さまざまな観点を共有し、それぞれの被災状況に応じたさまざまな現状や体験と教訓を伝えることの意義を強調した。

現代の世代と次の世代とで事故の経験の共有と伝承を行い、新しい未来に向かって今後取り組むべき課題が特定された。

1- 時間の経過とともに状況が変化すること 

2- デマや根拠のない噂に対処するため、また家族を含め人と人をつなぐためには相互理解が必要であること 

3- 若い世代が自信をもって事故について語ることができるための教育の重要性 

4- 個人レベルとコミュニティレベルで記憶を残していくこと 

5- ベラルーシのブラギン市に倣った博物館の創設

6- 記憶を絶やさず、さまざまなコミュニティと次世代に伝えていくための伝承者の重要性 ​

ダイアログセミナーの詳細: ブログEthos In Fukushima​​

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